ひが家具ブログ

ひが家具ブログ

社長インタビュー

ダイナミックに生活や価値観が移り変わった昭和から平成にかけて、変わらず県民に愛され続けている「ひが家具」。
創業から65年もの間、家具を通して暮らしに潤いを与えて来た中で、大切にしてきたのはお客さんとのコミュニケーションでした。

ひが家具 代表取締役 比嘉 一雄
老舗家具屋「ひが家具」の二代目、比嘉一雄社長。

ー65年間愛されてきた理由はどこにあると思いますか。

まずは家具の品質ではないでしょうか。
当店で取り扱っている家具はそれこそ何十年と持つ商品で、「長持ちし過ぎて、買い替えたくてもできない」と言ってもらえるほどです。
家具を長く使っていると愛着も湧くでしょうし、思い出になりますよね。

おかげさまで、親子三代に渡ってご愛顧頂いてるお客さんも多いです。
また、通常ですと商品を購入して頂いて入金という流れが一般的だと思うのですが、うちは購入前に預り金を置いて頂く方が他に比べて多いんです。これも積み重ねてきた信用があってこそだろうなと感じています。

─家具が生活にもたらしてくれるものは何があると考えていますか?

質の良い家具に触れると、心にゆとりが生まれてライフスタイルが豊かになりますよね。その空間にそぐうように、自分のレベルも高めようという気持ちになります。

ひが家具 北谷店店内
レイアウトからは、そのまま暮らしがイメージできます。

─店頭での対面販売にこだわりがあるようですね

同じジャンルの商品でも素材の違い、使い方、なぜこの値段なのかなど丁寧な説明を心掛けています。
対面販売にこだわるのは、やはり手触りや座り心地を感じて頂きたいからです。
ネットで選んで配送してというだけでは、本来の魅力や相性が伝わりません。
アフターサービスが行き届く県内に特化して、地元沖縄の家具屋として皆様に貢献できるよう長い関係性を作っていきたい。これからもその姿勢は変わりません。

ひが家具 仏壇販売
近年は、仏壇の販売にも力を入れている。

【長男なのに家出!?社長の歩み】

─学生時代から入社まではどういう歩みでしたか?

コザ高校を出まして、沖縄県内の大学に入学するも二部でね。大学を辞めたくなって大阪に行きました。家出です(笑)
その大阪まで、ひが家具のお得意さんが息子である私をわざわざ訪ねて来て下さって。今考えたら親から様子見に行ってくれと頼まれた可能性もあったのかなぁと思うのですが、朝までお酒も付き合ってくれて。その心意気もあって、その人がいる福岡の会社に就職しました。

ただ行く先々で家具店で働いているんです。物心付くころから家具には触れていましたし、仕事の流れも見て育って来たので、自然とその業界で働いたのだと思います。

長男ですので、いずれは継がないと思っていましたので、福岡で2年働いたあと、22歳の時に沖縄に帰ってひが家具に入社しました。

─これまで大変だった出来事はありましたか?

大変だったことですか?火事です!!
1988年に配送センターが火事になって、当時の在庫がほとんど燃えてしまったんです。
でも受注した商品は、迷惑が掛からないようにしっかり届けないといけない。幸いにも注文伝票は残っていたので、急いで仕入れ直して配送して…あれは焦りました。
こういう時に女は強いですよね。父は落ち込んでいましたが、母は「片付けするしかないでしょ」って黙々と作業をしていたのを覚えています。

創業当時のひが家具
創業当時のひが家具。長い歴史の始まりはどれも第一歩から。

【ひが家具で一緒に働きましょう!】

─ひが家具に向いている、来て欲しいという人は?

「楽しい人」「楽しめる人」です。売り場作りや接客などは、自分で意識して考え楽しく動いて欲しい。販売員にお客さんが付いてリピーターとなり、お付き合いが始まっていきますので、毎日楽しく過ごしている人は向いていますよね。

あとは、20代~30代の若く新しい力が欲しいです。一緒に遊べる人!文字通り「一緒に遊べる人」です。社員のみんなとは、仕事も遊びも一緒に楽しんでいきたい。
今の若い人って仕事とプライベートを分けてドライになっていると聞きますよね。でも僕らは一緒にご飯も食べたいし、お酒も飲みたいし、ボウリングも行きたいし、麻雀も打ちたいし、バンドも組みたい(笑)
決して強制とかではないですよ。でも、人として付き合える関係になれたら嬉しい。会社としてはいつでもウェルカムです!

ひが家具 懇親会
社長の自宅で社員や取引先を招いて宴会をすることも。良い関係です。



 
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。